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20代で、まだよちよち歩きの娘と共にロンドンをさまよった。安宿が密集するパディントン駅近くのサセックスガーデンから、静かなハイドパークに逃れるべく、ミューズハウス(元馬小屋)がひっそりとたたずむ高級住宅街を、ベビーカーを押して歩いた。色とりどりの花を寄せ植えした、窓辺の美しさに見入っていると、レースの掛かった窓越しに住人らしきご婦人と目が合い、バツの悪い思いでそそくさと走り去った。
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イギリスをテーマにした初めてのエッセイを読み返すと、お金も仕事もなかった20代で、すでに私はイギリスの家に魅せられていたと思い返す。それ以降、現在まで、馬小屋すら美しい家にしてしまうイギリス住宅への驚きと興味は尽きることはない。
あれ以来、コテージ風の自宅を東京に建て、リフォームも7回経験した。
何冊か住宅関係のエッセイを書いている私のもとには、友人・知人からリフォームや家探しの相談も舞い込む。多少腰が重くても現場を訪ねると、たちまちいらぬお節介を焼いてしまい、いつしか図面を描いたり、売り出し物件の内見に付き合うことになる。そうして全力投球、寝食忘れて住まいを完成させるのだが、それでも常に何かをやり残した感じがするのは、なぜだろうと思っていた。
そうして40代最後の年に、親交のあった女優の自宅を訪ねた。私は日本で活躍してきたご夫妻が、長年の思いを叶えて仕事も含めた一切合切の整理をつけ、ロンドンの中心部に住まいを移した話を聞いた。
初めてロンドンを訪れた時、どんなことをしてもここに住んでみたいと心に決めた夫。仕事の多忙さに夢を先送りする伴侶に、妻はこう釘を刺す。
「いつか、いつかと言いつつ時間ばかりが過ぎていく。一体、あなたはいつになったら行動するの」
その一言から決意を固めた二人は、友人のつてをたどって悲願の英国移住を果たした。
近くに公園が広がるため、そこは森の中の一軒家という風情だった。よく手入れされた大輪のバラが咲き乱れ、濡れたように輝く青い芝生は、素足で歩きたくなるほど柔らかく、向かい合って紅茶を飲んでいるとライ鳥がその屋根に留まった。
都市でありながら、これだけの豊かな住環境を享受できることが、ロンドンの素晴らしさだろう。庭の片隅には木漏れ日の中で幼い子どもが昼寝をしている。羨ましさと同時にどんどん先を越されていく焦りを感じた。
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12月に出版される書き下ろし「突撃! ロンドンに家を買う」(講談社刊)は、昨年出版した「老朽マンションの奇跡」(新潮社刊)を上回るノンフィクションだ。(自画自賛となりますことをお許し下さい)本誌来月号では、拡大ビジュアルバージョンで、単行本で描けなかった軌跡を展開します。
「ロンドンでの住宅購入」を通して見た世界は、これまで30年以上通い続けたイギリスとは大きく違っていた。
「何度読んでも最後のとこ、カンドーして涙が出ますよ」と、褒めつつ、講談社担当のツダさんは「それにしてもですね、カバーのイラスト案を考えるとですよ、井形さんが編集部の方々と、ロンドンの坂道を走る絵しか浮かばないんです。突撃ーって感じで、相手がアラブの富豪や中国人の金持ちというところがミソで、ミスター・パートナーの皆さん、大変なご苦労されたんですねー」と言いつつ、ヒッヒッヒッと電話の向こうで笑うのだ。
褒められているのか、からかわれているのかよく分からないが、毎回同じシーンの、同じ話をゲラを読まれた方から聞かされる。
タイトルに「突撃!」と付けるか否かも、ずいぶん考え、話し合った。
「でも、この方が動きがあって、ミスター・パートナーらしい」
そういう書店員さんの声もあり、「突撃!」が決定した。
これまでの中で、本当に書きたかったテーマが詰め込まれている一冊。「英国移住」「50代」「ロンドン」「ヴィクトリア朝の家」。
これまで私の本を読んで下さった方々に、ぜひともご一読いただきたい、生涯一冊しか書けないノンフィクションです。
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ところで、ロンドンに拠点を持って1年が過ぎた。この間、何度もロンドンと東京を行き来し、部長、クマ、ヒカルや両親、そして娘など大勢の人達を隠れ家に招き、共に過ごした。
夏にはハムステッド・ヒースのはずれにあるケンウッドハウス・ピクニックコンサートにも出かけた。30年近くイギリスに通っていたのに、野外コンサートは初めての体験で、ラグも持たず出かけた私は、読みかけのタイムズの上に座り、真夏の夜の夢に浸った。
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NW3のドン、ミスター・アルカポーネは、建物や街並みに厄介な規制をかけても、イギリスで不動産業は誰もが立ち上げられる。家がそれだけ重要だからだと言った。
「人は公園で生きていくわけにはいかない。大きい、小さい、高い、安いに関わらず、必ず住居は必要なのだ。人は食べるものもないと生きていけないし、寝て休まないと生きていけない。イギリスっていうのは、広い意味で衣食住の重要な部分を支援する。家を買いたい人は買いなさい、借りたい人は借りなさい、これは当たり前のことだ」
なるほどと、ゲラを読みつつ思い返す。
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その一方で、驚くニュースを聞いた。ソマリア共和国の亡命者が妻、7人の子供らを連れ、超貧困地区にある家や地元の学校、店も不服だとして、超高級住宅地ケンジントンにある推定価格210万ポンド(約3億1500万円)の3階建て住宅で暮らしているという。その住宅補助を、イギリス政府は月額120万円も支給しているというのだ。
イギリスの今の法律では、生活保護に充てる費用の上限を定めておらず、失業すれば子どもの数など、条件によって高級物件に住める上、仕事をしないで裕福に暮らすことができるという。
これに対し、地元住民は「我々は世界の中でも最も素晴らしい地区で暮らすため懸命に働いてきたのに腹立たしい限りだ」と、怒りの声を上げ、2011年の法改正を待ち望んでいるという。
当然のことだろう。行き過ぎた福祉の裏側で、いかに働けど重税を逃れられない若い労働者の嘆きを聞いた一年だった。
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イギリスを手本に走り続けてきたが、景気回復に躍起になる日本にとって、世界のマネーを呼び込むイギリスの古い家並みは目が離せない。
「あてにしない生き方」(中経の文庫)で解説を寄せて下さった馬淵大臣率いる国土交通省では、「リフォーム」を一大テーマに掲げ、たくさんの試みを始めている。
新築に手が届かない今、割安な中古物件を買ってリフォームする動きは、これからますます加速するだろう。
11月には東京・日本橋三越本店本館6階三越劇場にて、「イギリス流リフォームでかなう豊かな家のつくり方」と題してお話します。百貨店もリフォームに力を入れる昨今、家づくりの選択肢はますます広がるもよう。大阪に来られなかった方々もどうぞおいで下さい。(ちなみに参加費は無料です)

来月号の特集「突撃! ロンドンに家を買う」お楽しみに!
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