時代を求める
プロフェッショナル
プロフェッショナル
人類が問い続けてきた謎を読み解く
精神科医の視点から綴る哲学入門書
精神科医の視点から綴る哲学入門書
より良く生きるために
人間と世界の本質を問う
「療育医療センター若楠療育園」園長であり、精神科医として障がい者医療や発達障害医療の現場で人の心の動きと向き合ってきた野上憲彦さんが、2025年9月に刊行した著書「生成の哲学 ある精神科医の哲学入門書」が注目を集めている。本書は、古代ギリシャから現代まで人類が問い続けてきた『時間』『美』『他者』といった根源的なテーマを、精神科医という実践的立場から読み解く実践哲学の入門書だ。『近代哲学の流れ』『無意識と価値観』『感受性の構造』などの章を通して、世界の成り立ちや人間とAIを分ける心の本質を探求している。
また、『哲学が導く良い生き方』では、読者が自らの人生をより良く生きるための道筋が示されている。野上さんの思想は支援の現場に生きる人々にも、日常を生きるすべての人にも、深い気づきをもたらしてくれる。
「療育医療センター若楠療育園」は、「ここは、みんなの家、みんなが家族」をモットーに、障がいを持つ方一人ひとりの健康状態に寄り添い、療養や生活支援、医療ケア、リハビリテーションなどを行っている施設だ。
(ライター/彩未)
人間と世界の本質を問う
「療育医療センター若楠療育園」園長であり、精神科医として障がい者医療や発達障害医療の現場で人の心の動きと向き合ってきた野上憲彦さんが、2025年9月に刊行した著書「生成の哲学 ある精神科医の哲学入門書」が注目を集めている。本書は、古代ギリシャから現代まで人類が問い続けてきた『時間』『美』『他者』といった根源的なテーマを、精神科医という実践的立場から読み解く実践哲学の入門書だ。『近代哲学の流れ』『無意識と価値観』『感受性の構造』などの章を通して、世界の成り立ちや人間とAIを分ける心の本質を探求している。
また、『哲学が導く良い生き方』では、読者が自らの人生をより良く生きるための道筋が示されている。野上さんの思想は支援の現場に生きる人々にも、日常を生きるすべての人にも、深い気づきをもたらしてくれる。
「療育医療センター若楠療育園」は、「ここは、みんなの家、みんなが家族」をモットーに、障がいを持つ方一人ひとりの健康状態に寄り添い、療養や生活支援、医療ケア、リハビリテーションなどを行っている施設だ。
(ライター/彩未)
精神科医 野上憲彦
TEL/090-8299-3720
日常と仏の境を深める
七つの章に紡がれたやさしい気づき
七つの章に紡がれたやさしい気づき
住職が綴る
「七つの文塊」という旅
宮地幸二郎さんは、福岡県みやま市瀬高町にある寺院「雲照寺」にて住職を務める傍ら、自らの思索や日常を丁寧に綴った文庫「七つの文塊」を著している。七つのエッセイを通じて、本人が出会った人々との対話、昭和期の記憶、仏教的な思い、自らの寺務と日常の交差点、そうした断片が描かれている。住職としての立場から、単なる宗教論に留まらず、読者の「足元を見つめる」ような平易な言葉で綴られており、仏法の軽やかな影響を感じさせる一冊。寺という静かな空間と人生の中のささやかな気づきとを結びつける筆致が魅力だ。また、過疎地域や地方寺院が抱える現実も背景にあり、日々の営みの中で「ともに在る」という姿勢が透けて見える。宮地氏自身が寺に居を構え、地域の人々との関わりの中で言葉を紡いできたことが、書かれた文章の温度を高めている。この文庫は、読者が忙しく動き続ける現代において、ひととき立ち止まり、自分自身の内面に耳を傾けるための道標ともいえる。仏道を歩むというよりも、「生きるということ」を丁寧に観察し、言葉にしていくその姿に共感を呼ぶ。
(ライター/新藤真彦)
「七つの文塊」という旅
宮地幸二郎さんは、福岡県みやま市瀬高町にある寺院「雲照寺」にて住職を務める傍ら、自らの思索や日常を丁寧に綴った文庫「七つの文塊」を著している。七つのエッセイを通じて、本人が出会った人々との対話、昭和期の記憶、仏教的な思い、自らの寺務と日常の交差点、そうした断片が描かれている。住職としての立場から、単なる宗教論に留まらず、読者の「足元を見つめる」ような平易な言葉で綴られており、仏法の軽やかな影響を感じさせる一冊。寺という静かな空間と人生の中のささやかな気づきとを結びつける筆致が魅力だ。また、過疎地域や地方寺院が抱える現実も背景にあり、日々の営みの中で「ともに在る」という姿勢が透けて見える。宮地氏自身が寺に居を構え、地域の人々との関わりの中で言葉を紡いできたことが、書かれた文章の温度を高めている。この文庫は、読者が忙しく動き続ける現代において、ひととき立ち止まり、自分自身の内面に耳を傾けるための道標ともいえる。仏道を歩むというよりも、「生きるということ」を丁寧に観察し、言葉にしていくその姿に共感を呼ぶ。
(ライター/新藤真彦)
住職 宮地幸二郎
TEL/0944-62-4530
死者との縁を、自分なりに解き放つ
「勝手供養」という新たな祈りの形
「勝手供養」という新たな祈りの形
縁を断たず、形式を超える
「勝手」な供養論
「現代社会において『供養』は、しばしば形式や慣習に縛られてしまいがちです」
ライターで活動家の添田葦生さんの著書「勝手供養」では、そんな固まりがちな供養の概念に向き合い、「勝手に」=自分の主体性を持って、縁ある人の死を悼み、生を見つめ直すための思考を提示している。添田さんは、人類が他者の死に対して埋葬や手向け、追悼を続けてきたことに着目し、「死という物理的な現象で即終わるものではない縁」を深く見つめる。 本書では、形式主義だけに依らず、心に残る縁を持った人に対して「自分なりの言葉、場、時間」を確保することが、現代の供養としての意味を持つのではないかという提案がなされている。読者は、亡き人との関係を整理するだけでなく、生きる自分自身の歩みにも光を当てるよう促される。また、「自らが供養を創る」というアクションを通して、共に過ごした人々への想いを言語化し、記憶と共に自らを立ち返る契機とできるという視点も示されている。喪失を抱えた人や形式よりも「想い」を大切にしたいと考えるすべての人にとって、新たな供養の扉を開く一冊になっている。
(ライター/新藤真彦)
「勝手」な供養論
「現代社会において『供養』は、しばしば形式や慣習に縛られてしまいがちです」
ライターで活動家の添田葦生さんの著書「勝手供養」では、そんな固まりがちな供養の概念に向き合い、「勝手に」=自分の主体性を持って、縁ある人の死を悼み、生を見つめ直すための思考を提示している。添田さんは、人類が他者の死に対して埋葬や手向け、追悼を続けてきたことに着目し、「死という物理的な現象で即終わるものではない縁」を深く見つめる。 本書では、形式主義だけに依らず、心に残る縁を持った人に対して「自分なりの言葉、場、時間」を確保することが、現代の供養としての意味を持つのではないかという提案がなされている。読者は、亡き人との関係を整理するだけでなく、生きる自分自身の歩みにも光を当てるよう促される。また、「自らが供養を創る」というアクションを通して、共に過ごした人々への想いを言語化し、記憶と共に自らを立ち返る契機とできるという視点も示されている。喪失を抱えた人や形式よりも「想い」を大切にしたいと考えるすべての人にとって、新たな供養の扉を開く一冊になっている。
(ライター/新藤真彦)
ライター・活動家 添田葦生
TEL/090-3501-1724
Eメール/clarknext@icloud.com
Eメール/clarknext@icloud.com


